(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
そんなに昔に遡らなくても、私たちは《川の向こう》は別世界だとして、興味を持てない傾向がありました。興味を持っても行けないからです。ところが1本の《橋》が架かると、多くの人が川の向こうに興味津々。行こうと思えば行けるからです。
保険の話の切り出し方も、それに似たところがあるようです。
1.保険自体が川向こうにあるのではない…
いきなり保険の話をしても、顧客は橋のない《川向こう》を見るような表情をするかも知れません。しかしそれは、保険、特に生命保険の内容が難しいからでも、分かりにくいからでもなさそうなのです。それが証拠に、毎日、とてつもなく複雑で難しい計算や研究をしている開発者でも、『保険には興味が持てない』と言うことがあるからです。
保険の説明力をどんなに分かりやすくしても、川の向こうにいる顧客層のところには、橋を架けるどころか、小舟の1つも出せそうにありません。
2.意識の《川向こう》に置いてしまうもの
ただ、一般のユーザーが意識できないものは、生命保険自体ではなく、むしろ《将来》特に《将来の不都合》なのでしょう。私たちには、将来を夢見ることはできても、それを具体的に考えることは難しいのです。なぜでしょうか。
それはもちろん『経験したことがない』し『聞いたことがない』からです。とても美味しいケーキを売る店で、パティシエに『パレは焼かないの?』と聞いた時、そのパティシエは『パレ? 聞いたことがないですね。それ、お菓子の種類ではなく、どこかの商品名ではないですか?』と答えました。
3.パティシエの心身を動かした《実物体験》
《パレ》は、ざっくりとした食感とバター味が香ばしいフランス伝統の焼菓子です。《パレ》はフランス語で小石を指し、その名の通り、平たく丸い形状の(結構高級な)お菓子なのです。
親しくなったパティシエなので、後日、通販でパレを取り寄せ『ほら、これがパレです。食べてみて…』と勧めました。見栄を張るところがないパティシエは、その美味しさに驚き、『どこで買ったのですか。私も詳しく調べてみたい』と言い出しました。《パレ体験》が、彼の知らない世界に橋を架けたのです。
4.将来や将来の不都合に橋を掛けるもの
では、自分の将来や将来の不都合を《意識》できるようにするために、そして《保険の機能》を知りたくなるためには、どんな《橋》を掛けられるのでしょうか。
もちろん《将来の実物》は存在しません。しかし、他者の事例があります。たとえば、既に高齢に達した人の事例があるということです。
そんな事例の中のAさんは、今年64歳を迎え、何より《気力の衰え》を痛感していました。頑張るべき時に頑張りが効かなくなったのです。
5.なんとか苦境を乗り越え続けて来た人
Aさんは2度も勤めていた会社の倒産に遭遇し、2度目には離婚までしています。しかし、持ち前のファイトで苦境を乗り越えて来ました。一時は昼と夜に、別々のアルバイトを強いられたこともありましたが、別れた妻と一緒に暮らす子供の養育費を支払うため、懸命に働きました。
子供が独立後、養育費の支払いは免れましたが、今度は親の介護に奔走します。そして、気付いた時は既に63歳でした。
6.同じような境遇の人の話が身に染みる
Aさんほどではないにしても、同じような境遇の人は少なくありません。ところがBさんは、離婚に際して子供を受取人にした生命保険を契約していたのです。学資資金ですので、それほど高額の死亡保障を必要とはしないため、将来のために解約返戻金が充実した保険(終身保険)を選びました。
養育費に加えての保険料の支払いは大変でしたが、BさんにもAさんに劣らないガッツがありました。そして『むしろ、毎月保険料が支払えていることが《心の支え》になった』と言われるのです。
その後、その保険は子供の就職と同時に役目を終え、今は解約して《Bさんの蓄え》になっています。
7.歳と共に変わるのは身体だけではない
《気力》は、休んだり気晴らしをしたりすると回復することが少なくありません。しかし、やりたいことを我慢して頑張り続けると、身体より先に《気力》の方が参ってしまうことが少なくないのです。身体は元気でも、心を病むことがあるのはそのためかも知れません。
それでも若いうちは『誰かのため』や『自分の成功のため』に頑張れるでしょうが、一定年齢を過ぎると、そんな頑張りの原動力も弱くなります。自分のための生き様を考えさせられる時、ただ目先のことにがむしゃらになるのではなく、適切で妥当な次の一歩を選ぶために、《十分な時間の余裕》が必要になるのです。そして、時間の余裕は《資金的な余裕》がなければ得られません。
8.若い内に聞いておきたかった話だった
Aさんは、子供のための保険に入りながら自分の老後資金を貯めたBさんの話を『もっと若い内に聞いておきたかった』と言います。そんな人は、決して少なくないでしょう。
将来イメージ、特に将来の《自分にとっての不都合》は川の向こうにあるために、橋が掛からないとなかなか意識できないのです。そして、パティシエがパレの実物を体験した時のように、今、Bさんの話を聞いて《別の生き方を疑似体験》したために、川向うの話が現実味を帯びて、Aさんに降りかかっているのだと思います。Aさんは、Bさんの話から、自分が川向こうに置いて来たものに気付いたわけですが、もう64歳になった今となっては為す術がありません。『もっと若いうちに聞けて』いたら、状況は違っていたかも知れません・・・。
9.事例が持つ《疑似体験》効果の大きさ
事例には、パレの実物提供のように、その受け手に《体験》に似たものを誘う力があります。似たものであるため《疑似体験》なのですが、将来を体験するのは不可能なので、その意味では《疑似体験》は貴重なものでしょう。
自分の先行きに興味を抱き、そこに至る生き方を考えさせる事例は、私たちにとって非常に貴重な指針になり得ると言えるのです。そして、その事例がBさんのケースのように、保険と繋がっていたら、もう『いつ保険の話を切り出せばよいか分からない』ような状況には陥らなくなるでしょう。
事例の延長で《保険を語る》ような《ストーリー話法》は、先行きが益々不透明化して、見えないし、見たくもないものになりかねない今日、非常に重要になる《保険営業トーク技能》になって来ていると言えそうなのです。