個人には無理でも《法人》にはできる延命活動

(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)

ある会合の打ち上げでの《乾杯》に際し、『人の寿命は延びるばかり、事業の寿命は縮むばかり。それが幸か不幸か考えてしまう前にカンパ~イ』と音頭をとって、大受けした経営者がいたのだそうです。会合の出席者の大半は経営者で、その会合はマネジメント研究会でした。
さて、そんな《時代感覚》の中で、生命保険に今、何ができるのでしょうか。

1.所有権という案外ややこしい権利の成せるわざ

古代ローマ帝国で発生したとされる《所有権》の概念は、今も根強く私たちの社会を律しています。この世のものは、自然物であれ建造物であれ《誰かの所有物》だからです。もちろん、たとえば太平洋や大西洋等の《公海》のように、誰あるいはどの国の所有にも属さないものは存在します。しかし、それは《所有者のいない自由な場所》ではなく《誰も所有してはいけない場》であり、非所有権とでもいうべきものが設定された制限地でしかありません。
今や、人類は《月の所有権あるいは占有権》も問題にしようとしています。その一方で、法人では《自分の会社の所有権》が、十分正当に意識されているでしょうか。

2.大企業と中小企業で経営者の重みがどう違うか

今更申し上げるまでもなく、大企業であれ中小企業であれ、株式会社であれば、その会社の所有権は《株主》に属します。上場企業(ほとんどの大企業)なら、株式を保有する株主集団が企業の所有者であり、経営者はその《信任》を受けて、企業を預かって事業を運営する存在に過ぎません。
その一方で、非上場企業(ほとんどの中堅中小企業)は、経営者がそのまま100%株主あるいは大株主であるケースが多いでしょう。これは、考えてみれば当たり前のことですが、感情的にはなかなか意識されにくい事柄でもあるのです。

3.経営者だけが退職金準備をするのは不公平か?

たとえば、経営者が自分を被保険者とした企業保険を契約し、その死亡保険金を《退職金》として遺族が受けとる《プラン》を作ると、従業員はどんな印象を抱くでしょうか。頭では『経営者は自社株を持っているから…』と捉え得るかも知れませんが、感情では『経営者が自分の死亡退職金を会社の金で準備するのは不公平だ』と感じてしまいがちです。
しかも『経営者は命令するだけで、自分で業務の苦労を背負っていない。もしかしたら、自分たちの方が事業にとっては不可欠な存在なのではないか』という類の感覚を、むき出しにする従業員もいるでしょう。

4.今、会社を所有することの意味を再考すべき時

かなり酷い言い方をしてしまうなら、『このペンは私のものだ』と容易に主張できる人も、『会社の所有者は誰で、その所有はどういう意味を持つか』については、あまり考えないということです。言葉を変えれば、自社の社長は《従業員のトップ=経営者》ではあっても、会社のオーナー(株主あるいは出資者)だとは、あまり意識的に感じてはいないということです。
そのため、常に注目しておくべき《会社の危機》が見えません。その危機とは、会社の所有者である経営者が急死すると、その所有権の相続人が相続税を支払って自社株を承継しない限り、会社の存続が難しくなるという現実です。

5.自社株相続に相続税の納税が必要になるなら…

相続人が自社株相続を含めた相続を放棄すると、誰かがその自社株を買取りでもしないと、会社は解散に追い込まれかねません。この世のものは、常に誰かの所有物でなければならないのです。
その現実を知るなら、組織の中で《経営者の死亡は特別だ》という意識が普通になるかも知れません。しかも、経営者の《死》は、現役時の急死だけが問題ではないのです。経営の第一線から退いた後でも、自社株保有を続けるなら、その死に際して、自社株の相続が問題になるからです。その時、遺族にとって相続税の納税が困難なら、会社の存亡は一気に危機に陥る懸念が出てしまいます。
経営者は、事業推進上の重要人物であるだけではないわけです。

6.どんなに優秀な従業員でも経営者とは異次元!

経営者が急死しても、他に優秀な役員や従業員がいれば事業自体の継続はできるかも知れません。その一方で、たとえワンマン経営者の会社でも、経営者が自分一人で事業を遂行しているわけではないとしたら、その急死によって事業の屋台骨が揺らぐのは、経営者だけとは限らないかも知れないのです。
営業責任者や製造責任者、現場のベテランや経営陣を構成する役員の急死も、事業を危機に陥れる要素をはらんでいるということです。しかし、どんなに優秀で重要な従業員でも、自社株を保有していないなら、経営者とは《同列》に扱えないのが現実ではないでしょうか。

7.会社の経営者のみならず所有者として捉え直す

つまり、経営ではなく《会社の所有》という切り口から入らなければ、経営者を被保険者とした企業保険の意味や価値は《実感》しにくいと言えるのです。そして、『経営者ばかりがいい思いをすべきではない』という風潮の中で、経営者自身も自分の《相続税納税対策》に尻込みをしてしまいがちなのが、現代の傾向だとも言えそうなのです。
そんな状況下で、経営者が企業保険に尻込みをしてしまうなら、ひとまずではあっても、個人で生命保険を契約すべきだという主張が重要になるでしょう。経営者の《生涯現役主義》が《死んだ後のことは我関知せず》という意味でないなら、経営責任は経営者死亡で終焉するものではないからです。

8.企業の存続保障費用は企業自体が負担すべき!

そして、いったん『個人契約でも生命保険が必要』だと考えるなら、『企業存続のためになるのだから、企業が生命保険費用を負担してもよいのではないか』と、経営者も感じ始めるのではないでしょうか。
法人契約の生命保険のアプローチは、もちろん、この切り口だけに限らず、《将来的な企業の延命策=解約返戻金の有効活用》《福利厚生のための法人契約=ハーフタックスプラン》もあり得ますが、経営者の相続対策プランが下火になってしまっているのは、想像以上に危険なことかも知れないのです。

9.企業経営者は企業の所有者という認識の重要性

そんな危険を軽減するためには、法人に対する生命保険営業アプローチに際して、《資産=企業の所有》面を起点にして行うことが重要になります。《経営者は事業上の重要人物》という曖昧な捉え方ではなく、企業の所有の継続化あるいは円満な終焉方法を考えておかなければ、社内の先行き不安から生じる士気の低下は避けられないという感覚を、保険営業者サイドが持つことが重要なのです。
冒頭の乾杯の音頭は、『後継者不在の企業の末路』をテーマにした会合の二次会での出来事でした。そこには、経営者のみならず、従業員も長寿化する中で、経営者の急死による事業解散の危険性を考えないことへの揶揄があったわけです。

10.死亡のタイミングは誰にも予想できないから…

企業の存続方法には、もちろんM&A(企業売買)もあり得ますが、経営者の死は予め想定できないものです。死亡は誰にでも訪れますが、その時期への対応、つまり《時間リスク対応》には、生命保険以上に有効なものはないと言えるはずです。
ただ、死亡保障だけを前面に押し出すと《抵抗》も受けやすくなるでしょうから、可能な限り広い視野に立ちながらも、企業所有者の死亡リスクについて、十分に説得力のある《考え方》を整理すべき時にあると感じないではいられないのです。

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