(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
2023年終盤から2024年序盤にかけて、第10波の指摘はあるものの、コロナ禍が経済活動に与える影響は一段落して来たと言えそうです。しかし、新たに《物価高》と《賃金アップ》が、盛んに報道されるようになりました。さて、このインフレ傾向が続くなら、生命保険の営業に、どのような影響を与えるのでしょうか。
1.1947年の月額給与額は1人1,950円だった?
厚生労働省《毎月勤労統計調査》の長期時系列表によれば、事業所規模30人以上の《月間現金給与総額》の1人当たり平均は、1947年で1,950円だったそうです。今なら、中高生の小遣い程度でしょうか。それが50年後の1997年には42万円に達しています。
月間現金給与総額は実に、50年間で215倍に跳ね上がっているのです。『物価も上がっているから、実質的には…』と言いたいところですが、現実は少し違うようです。
2.消費者物価は賃金上昇率程には上がらない
総務省の《物価統計》では、超長期は《持家の帰属家賃を除く》消費者物価の総合データしかないようですが、1947年から1997年の50年間で18倍にしかなっていません。もちろん18倍でも現在の感覚からすれば大変な数値ですが、給与上昇率の215倍に比べれば10分の1以下であることが分かります。
賃金が上がっても物価上昇が抑えられるのは、生産性が向上するとともに、大量生産品の価格が相対的に下がるからでしょう。
3.国の財政政策が求める一つの《大きな道》
冒頭に、こうした話題を出すのには、もちろん理由があります。この賃金を上げても物価はそれほど上がらない傾向が今後も続くなら、1つの仮説が成り立つからです。
これは極論ですが、50年後に国の財政赤字が2,000兆円に達していても、その時の賃金が、過去50年と同様に215倍になるなら、そのインフレ感覚の中で、2,000兆円は大幅に《目減り》している可能性が高いのです。たとえば、2023年末時点での約1,300兆円の赤字(国債及び借入金現在高)は、対賃金水準比較で《1,300÷215=約6兆円相当規模》でしかないことに、単純計算上はなり得るからです。
4.金利負担額は賃金上昇とはスライドしない
『借金には《金利》があるじゃないか』と言いたくなります。しかし金利は賃金ではなく物価にスライドするものだと捉えると、金利の支払総額は過去50年の物価上昇と同様18倍程度になり得るのです。
その結果、ここで更に強引な単純計算をするなら、現時点での国の財政赤字の約1,300兆円は、今後のインフレトレンドの下で《1,300×(18÷215)=109兆円》規模感覚になり得ます。109兆円程度であれば、2023年の日本の名目GDPは592兆円ですから、俄然《返せる額》になりそうなのです。もちろん、今後は財政赤字を出さないと言う前提ではありますが…。
5.長期的に捉えた場合の《金銭感覚》の変化
乱暴過ぎる計算ですから、『このようになるだろう』という《答》を出しているわけではありません。金銭感覚の《イメージ》を示しているのです。逆に、デフレが続いた場合、現時点での財政赤字を解消する見込みは、到底立たないでしょう。
そのため、インフレ政策が適切なものかどうかが分からなくても、財政赤字解消のためには《賃上げ》と《生産性向上である程度抑えられた物価動向》に頼らざるを得ないと思えて来るわけです。
賃金を上げれば、国の所得税の税収も自然に増えますから《増税批判》もかわすことができます。詳細計算は必要ですが、財政上は《あり》なのかも知れません。
6.今後の生命保険の働きの変化の方向性は?
そんな流れの中で、今後の生命保険の働きは《どのように》に変化して行くだろうというのが、今回の本題です。
7.遠い先に受取る満期金や解約返戻金の価値
結論から申し上げれば、提案型保険営業の場でも再び、保険料積立型の生命保険より定期生命保険の類の方が主流になる可能性が考えられます。ただし、保険料積立型の生命保険が全く歓迎されないわけではないでしょう。少なくとも、たとえば10年の定期生命保険を掛けるより20年の定期生命保険を契約して10年後に解約すれば(生き続ける際には)有利だというような形で、長期契約型の保険が捉えられるケースも少なくないからです。
逆に、《1964年の東京オリンピックの記念として発売された養老保険》のように、変額性のない積立重視の生命保険は売りにくくなる可能性が強くなるかも知れません。もちろん、受取時の満期金の目減りが大きいからです。
8.保険のユーザー感覚も逆方向に進み得る?
これは、今までとは逆の現象になります。ただし、今まででも終身保険や超長期保険の《運用効率》は低いとされましたが、死亡保障を考慮するなら、《一般的な資金運用+定期生命保険契約》よりは有利になるケースがほとんどでした。
その一方で、今後のトレンドの中では、長く持ち続ける死亡保障額は何十年か先には魅力に乏しいものになりかねません。もちろん、インフレが顕著な目減りを引き起こすには時間がかかりますから、すぐにそうした事態には陥らないでしょうが、長期的には無視できる傾向ではなくなる可能性があるのです。
つまり、保険料積み立て型の生命保険でも、その死亡保障額の水準は高めに設定しておく必要がありそうだということです。保険料負担は大きくなりますが解約返戻金も大きくなります。
9.見かけに留まらない実体的金銭感覚が必要
しかし《潮目の変化》に際しては、慌てないことが重要です。保険料の積立型生命保険では、一定期間経過後に解約すれば、満額ではなくても、支払い保険料の幾分かは取り戻せるからです。そのため、こうした合理的な金銭感覚を保険ユーザーに持たせる努力から始めるべきでしょう。
たとえば『2人で外食して1万円散財してしまった』という時でも、『自宅で同等の料理や飲み物を用意したら、5千円はかかっただろう。だから外食の実質負担は5千円だ』という類の金銭感覚を持つべきなのです。そして、その差額の5千円で『私は《どんな価値》を買ったのか』と考えてもらうわけです。
外食の雰囲気と調理や後始末をしない手軽さのために、その5千円はありました。
解約返戻金の《保険料累積支払額に及ばない部分》は、定期保険のような死亡保障機能の対価として存在していたのです。単に《損》をしたのではありません。
10.《疑問》と《潮目に応じた答》の共有から
実際の世の中の流れは《総合的で複雑》なものですから、金銭収支想定は《一つの仮説》に過ぎません。その《損得の評価》も、個人の《総合的な解釈》によって大きく変わり得るということです。
そうした見地に立つと、《保険契約の内容》だけで単純に有利か不利かを捉えるのではなく、契約者の総合的な人生や事業の中で『生命保険契約がどのように働くか』を考えることから始めるべきでしょう。
それは『過去の常識が、今後どこまで通用し、どう変えなければならないか』という《疑問》を、生命保険の顧客層と《共有》しながら、見込み先と一緒に《個別に答》を探すことを意味します。
もちろん、このサイトでも、ご一緒に、その時々の《潮目に応じた総合的な答》を探して行きたいと考えています。