営業には《顧客目線》が必須だと言われます。そして率直な話、顧客目線について《なるほど》と思わせる論調も多々あります。ただ顧客は《様々で多様な目線》を持っているものでしょう。そのため《どんな目線》に《どのように》注目すべきかが明確にならないと、《顧客目線》は案外危険でもあり得るのです…。
(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
1.手法としての《顧客目線》の危うさ?
たとえば、『営業サイドが一方的に話をするのは、顧客目線に立っていない証拠だ』と言われることがあります。確かにそれは正論なのでしょうが、では《顧客に自分を語らせる》と、それだけで《顧客目線》になるのでしょうか。
顧客の中には、あまり自分を語りたくない人もいます。そうでなくとも『自分は話が下手で、思いの十分の一も表現できない』と卑下している人もいます。更には、『相手が話し続けてくれるので楽だなあ』と感じる人もいるのはずです。そんな顧客に《語らせよう》とすると、即刻拒絶されるのが《オチ》でしょう。
2.単に《人による》というのでもなく…
ただ『何事も人による』と達観したいわけではありません。むしろ《万民万事に通じる顧客目線》とはどのようなものだろうという疑問を、ある程度でも解きたいのです。あくまで《全員》ではなく《万民=多数》が対象です。
そうすると《人に共通する一つの特徴》が見えて来ます。その特徴とは『ないがしろにされたくない』『軽視されたくない』『馬鹿にされたくない』という思いです。これは《自尊心》という言葉で括れる思いかも知れません。
3.自尊心にも大きな《ブレ幅》がある!
もちろん《自尊心》の程度差は、恐ろしく大きなものです。ある人は『私は正しい。他の皆は間違っている』という最強度の自尊心を抱いているようですし、謙虚な人でも『私は大した人間ではないが、簡単には見下して欲しくない』という程度の自尊心は持っているものだと言えるからです。
さて、では『我こそ真であり、他は愚である』と思っている人に《顧客目線》でアプローチできるでしょうか。もしできたとしても、営業者は『お客様、あなたは真で、私は愚です』というスタンスをとることを求められます。これでは《提案》などできるとは思えません。
4.顧客も謙虚でなければ対話は不成立?
その意味では《顧客目線》を実践する前に、ある程度であったとしても、顧客にも謙虚になってもらう必要がありそうなのです。せめて『私は正しいが、営業者も正しいかも知れない』と思ってもらう必要があるということです。
逆に、営業者が《自分の正しさ=最低限の自尊心》を忘れたままで《顧客目線》に立とうとするなら、その一瞬で《カスハラ》の餌食になるかも知れません。顧客は『あなたのような人に、私を分かったと思って欲しくない』と感じるからです。それが『知った風な口を利くな』的な顧客の暴言を生みます。
5.自尊心を失うと顧客目線は有害化する
皮肉なことだとは思いますが、ノルマを達成するために《何でもやろう》とか、顧客を恐れて《媚を売る》時に、私たちの《プライド=自尊心》は大きく低迷し、顧客の《傲慢な自尊心》に取り込まれてしまいやすくなるのです。もし、そんな状態に陥りそうな気配がしたら、《顧客目線》ではなく《自分目線》に立ち返らなければ心の平静は保ちようがありません。
『私は、生命保険という貴重な金融商品を提案している』のです。『私は顧客のメリットを考えて、保険の見直し検討をご案内している』のです。しかも、そのために『私は(自分では決して納得していない)ノルマを課せられながら、自分を鼓舞し続けて、こうして日々、苦心しながらも提案し続けている』のです。
6.善も悪も決して《全き》ものではない
いわゆる賢者は、『自尊心は良くないものだ。常に謙虚であれ』と言うかも知れません。しかし、神聖な世界では別として、地上の人間界では《100%良いもの》も《100%悪いもの》もないのではないでしょうか。必要なのは《バランス》であって、一方に傾き過ぎた天秤を《可能な限り平衡に戻す》ことなのです。
調子に乗り過ぎて傲慢になったら、罵倒されて落ち込まされることを喜び、落ち込み過ぎたら、それでも諦めない自分自身を尊敬し直しながら、元気を取り戻すという《バランス》が大事だということです。
7.心の認識が建設的活動の方向性を明示
そんな風に捉えると、不思議な光景が見え始めます。その光景とは、『傲慢な人も卑屈な人も、案外《私》と同じようなことを繰り返しているのだ』という、こう言って良ければ《当たり前の体験的認識》です。それは単に《発見=知ること》ではなく《体験的な納得》そのものなのです。
そして、その《体験的な納得》が《顧客目線=他者目線》本来の在り方を《語り始める》のです。その《在り方》とは、顧客であれ、営業者であれ、保険会社の担当者であれ、私たちは日々《大事なバランスを失い、それを取り戻そうとして、成功したり失敗したりしながら生きている》という現実に対する実感から始まります。
8.言い回しに顧客のアンバランスが出る
その時、自分自身ならともかく、顧客の《心のバランス問題》を云々するのは難しいなあと感じても、《資金の使い方のバランス》なら捉えやすいはずなのです。家計簿や貸借対照表の数値をチェックしなくても、顧客のバランス感覚を、その人の《言い回し》から捉えられるケースも少なくありません。
たとえば『人生100年時代には、生命保険は投資に比べて損だ』というニュアンスを語るなら、死亡リスク感覚があまりにも軽いことが分かります。言葉が『医療保険に入るくらいなら貯蓄する』という方向性を持つなら、病気の程度に対する認識が甘過ぎると感じとれます。
しかも、そんな《資金使途のバランス感覚》を平衡に戻すなら、無意識のうちに日々の生活実感がもたらす《アンバランスによるストレス》をも軽減できるかも知れません。不安や不足感程に大きなストレス要因は少ないからです。
9.ようやく顧客目線での対話実践が開始
ただし『あなたのファイナンスプランのバランスを正せ』と傲慢に命じる(提案する)のではなく、まずは《現状の選択》やそんな選択に導いた《考え方》を聞くことが《顧客目線》の中核課題になるでしょう。つまり、顧客が何を望んでいるかではなく、《①どんな選択を、どんな理由で行っているか》を聞き取ることこそが、《顧客目線》への基本的なアプローチだと言えるのです。
そして、そんな《選択結果に対する選択事情》を聞いた後で、保険提案の《糸口》を発見するための土台が《⓪この世に生きるためにはバランス感覚が必須》だというスタンスあるいは《思想》なのです。この世では、一寸先も闇であるため、バランス感覚なしに生きることは、危険極まりないからです。
10.顧客目線を《見方》につける活動
逆に、バランス感覚に立脚しないなら、《顧客目線》に立とうとすればするほど立場が難しくなりそうです。傲慢な顧客に呑み込まれ、悲観的な顧客と共に泣くだけで、全ての活動エネルギーを失ってしまうかも知れないからです。
そのため良くも悪くも、自分自身の《自尊心のバランス感覚》を起点に、顧客の《自尊心の行き過ぎや不足点》に目を付けて、その行き過ぎや不足が生み出した《選択上の動機》を感じ取りながら、テーマをファイナンスに絞り込みつつ、《可能なバランス是正方向》を考えて提案するのでなければ、《顧客目線》を保険営業に生かすことは難しいと申し上げたかったわけです。
ただ、それを《簡単・簡潔》に行うことはできないものだろうかとも考えてしまいます。そんな《願望》が、本サイトでご紹介する様々な《実践スタイル》に表現されているとお感じ頂けるなら嬉しく思います。