新日本保険新聞生保版連載記事(2025年7月)
(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
前回、夫を亡くした後で生命保険営業に取り組み始めたAさんの例を、ご紹介した。夫はAさんに死亡保険金を残してくれたのだが、どちらかというと自虐的な人だった。そんな複雑な思いの中で、知人の経営者に《企業保険》に関するインタビューをしたことから、Aさんの“トーク感覚”が大きく変わり始める。
本音と行為とを対比して捉える?
保険営業者であるAさんの“トーク”の方向性が変わった例を、前回では“本音”と“行為”との対比として取り上げた。そして私たちは、たとえば電車の中で高齢者に席を譲る若者を見ても、『善いことをしているけれど、本音はどうなのだろう』と、つい懐疑的に見てしまう傾向があると申し上げた。
そして、心の底には“消極的な本音”を持ちながらも、“善い行い”をすることを“偽善”だと感じて抵抗感を抱くことも、少ないとは言えない。
本音を気にし過ぎて行動力が鈍化
そんな抵抗感があると、自分自身が善意の行為に踏み切ることに勇気が必要になる。生命保険契約は、犯罪に利用するのでもない限り“善意の行為”だろう。だから契約には勇気がいる。勇気と言うより“小さな恥ずかしさの克服”と言うべきだろうか。
そんな傾向が『家族や従業員のために保険契約の検討を始めても、“そこまでする必要はない”というのが本音かな』という思いの前で、自分を立ち止まらせてしまう。
本音よりも行為とその効用に注目
『どうして私たちは、そんなに本音を気にするのか』と考えても、Aさんには答らしきものが見つからない。そこで『本音を気にする傾向自体を気にしないことにしよう』と考えた。つまり“本音”からではなく“行為”からスタートするわけだ。
電車の中で高齢者に席を譲った若者の“本音”ではなく、“譲った行為”に目を向け、その行為がどんなに高齢者を楽にさせたかという“効果”を捉える。
本音がどうであれ他者が喜ぶなら
そうすると『本音では席など譲りたくはなかったが、そんなに喜んでくれるなら“良かった”と思える人も増えて来るのではないか』と思えて来る。それ以前に『席を譲るなんて、あなた親切ね』と言うより、『お婆さん、あんなに喜んでいる。いいことしたわね』と指摘する方が、シャイなAさんにも“言いやすい”と思えるのだ。
生命保険契約上で捉え直すなら、契約の動機や目的を一旦脇に置いて、“生命保険等の効用や効果”に、徹底的に重点を置こうということになる。
少し視点をずらすだけで見える光
この発見は、微妙にも思えるが、Aさんには大きかった。『準備しよう。準備して安心しよう』という呼びかけではなく、『保険は“こんな風”に役に立つんですって。詳しい話をお聞き頂けますか』という姿勢のトークは組み立てやすそうだからだ。
ただ、言い方を間違えば逆効果かも知れないし、余計に“偽善性”を感じさせるかも知れない。そんなことを考えているうちに、1つの事例に遭遇した。
一人暮らしになったGさんの事例
それは、妻に先立たれて一人暮らしだった親戚(Gさん)との対話経験だ。妻に先立たれても、Gさんは壮年期に契約した生命保険(終身保険)を解約していない。仕事で収入を得ているからだ。お子様は2人だが、いずれも女性で“姓”が変わっている。
唯一の財産とも言えるマイホームの相続は、2人の子供には喜ばれないだろう。そこで、Gさんは一計を案じる。その時点でGさんは、Aさんに相談を持ち掛けて来た。
遺品等の処分費用としての保険金
その前にGさんは、2人の娘に『家と遺品を処分してくれるなら、その子を死亡保険金の受取人にする』と伝えていた。驚く娘達に、Gさんはただ笑ってみせた。
父親の家の処分等は考えてもいなかった娘たちは、スマホで検索を始めながら、『今なら、まだ売れる』と言い出した。そして『その売却益と保険の解約返戻金で“有料老人ホーム”に入ってはどうか』と、Gさんに逆提案をして来たのだ。
深く考えてはいないお金の使い方
『保険にも、そんな使い方があったのか』とGさんは感心する一方で、やはり娘たちの“真意”を気にし始めてしまう。そして『介護をしたくないから、とっとと老人ホームに行けということなのかなあ』と、Aさんに相談して来たわけだ。
Aさんは『本心なんて、当の本人でも分からないものですから、Gさんが快適な方を選べばいいのではないですか』と答える。そして『だって、保険を契約していたおかげで、今“先行きの選択肢”が広がってるのですから』とも付け加えた。
他にも選択肢があるかも知れない
更にAさんは、『他にも選択肢がないか探してみましょう』とも言い出した。直ぐに解約返戻金を得て、自宅を改装することも可能だからだ。それを聞いて、Gさんは、娘さんたちに『お前たちが快適に泊まれる部屋を作ろうか』と言ってみたようだ。
娘さんたちは『今のままでも来るわよ』と笑いながら、『パパがいいようにして』と言う。結局Gさんは『老人ホーム探しから始めてみる』ことにしたのだそうだ。
先達の体験は若い層への貴重情報
保険営業者のAさんは、『このケースは、まだ比較的若い人に“情報”として提供できるのではないか』と感じ始めた。その内容は“保険の話”でありながらも、“老後の話”であり、“家族関係の話”だからだ。あるいは“お金の有効な使い方”の共同研究のようなものだとも言える。
ただ、そんな話を“どのように”語れば良いのだろうか。
困った事実を集めて想像を加える
考えてみると、Aさんは、まずは親戚や知人を始めとして、“老後に困った人”、“病気になって悩んだ人”、“家族関係に苦しむ人”、“家族の死で人生が変わった人”等の話を結構知っている。だから『話し方の技法さえ分かったら、チャンスをたくさん掴めるのではないか』と思えて来る。
そこでAさんのためにも、先を急がず、Gさんの例を“第三者話法”にしてみよう。話の組み立て方が分かれば、話の材料自体も、もっと集めやすくなりそうだ。
その“第三者話法化”の具体例は、次回にご一緒に見て行こう。